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福島地方裁判所 昭和46年(ワ)390号 判決

原告(反訴被告) 横山富重

被告(反訴原告) 浜田ヤイ

主文

一  被告は、原告に対し別紙目録記載(一)(二)(四)の各不動産につき、福島地方法務局昭和四六年四月七日受付第八四五〇号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  反訴原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴および反訴とも被告・反訴原告の負担とする。

事実

(以下、原告・反訴被告を単に「原告」、被告・反訴原告を単に「被告」といい、別紙目録記載(一)ないし(四)の不動産を単に「(一)ないし(四)の不動産」という。)

第一当事者の申立

一  原告の求める裁判

(一)  (本訴について)

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

(二)  (反訴について)

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の求める裁判

(一)  (本訴について)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(二)  (反訴について)

1 原告は、被告に対し(三)の不動産につき所有権移転の登記手続をせよ。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の主張

一  (本訴について)

(一)  請求の原因

(一)(二)(四)の各不動産は、原告の所有であるところ、右各不動産につき、福島地方法務局昭和四六年四月七日受付第八四五〇号を以つて原告から被告への所有権移転登記が経由されている。

よつて、原告は、被告に対し右所有権に基づき、右各所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

(二)  抗弁に対する認否

認める。

(三)  再抗弁

1 (解除条件の成就)

(1)  本件財産分与の約定は、被告において、原告に対し調停を申し立て、又は訴訟を提起することを解除条件としたものである。

(2)  しかるに、被告は、昭和四六年一月原告に対して、福島家庭裁判所に財産分与の調停申立をした。

(3)  よつて、右解除条件は成就し、(一)ないし(四)の各不動産は、原告の所有に帰した。

2 (解除)

仮りに、再抗弁1が認められないとしても、

(1)  本件財産分与の約定には、原告が(一)ないし(四)の各不動産を取得するため福島県労働金庫および市町村職員共済組合より借り入れた債務の残金八〇万円につき、これを遅くとも昭和四六年一月末日までに被告が原告に支払う旨の負担が付加されていた。

(2)  すなわち、本件財産分与の実質は、負担付贈与にほかならず、双務契約に関する規定が準用されるべきである。

(3)  そこで、原告は、被告に対し昭和四七年二月一四日到達の書面で、同年二月二〇日までに右負担にかかる金員を支払うよう催告するとともに、これが支払いなきときは右財産分与契約を解除する旨の意思表示をした。

(4)  しかるに、被告は、右金員の支払いをしないので、本件財産分与契約は、右催告期限たる昭和四七年二月二〇日の経過によつて解除となり消滅した。

3 (停止条件の未成就)

仮りに、再抗弁2が認められないとしても、

(1)  本件財産分与の約定は、原告の前記2(1) の借入金債務の残金八〇万円につき、これを被告が原告に支払うことを停止条件としたものである。

(2)  しかるに、被告は、右金員の支払いをしないから、右停止条件は未成就であり、したがつて、(一)ないし(四)の各不動産は、いぜんとして原告の所有に属する。

(四)  再々抗弁に対する認否

再々抗弁1、2は、いずれも否認する。

二  (反訴について)

(一)  請求の原因に対する認否

認める。

(二)  抗弁

第二の一(三)1、2、3(本訴の再抗弁)記載のとおりである。

(三)  再抗弁に対する認否

第二の一(四)(本訴再々抗弁に対する認否)記載のとおりである。

第三被告の主張

一  (本訴について)

(一)  請求の原因に対する認否

(一)(二)(四)の各不動産につき、原告主張の所有権移転登記が経由されたことは認め、その余を否認する。

(二)  抗弁

1 原告と被告とは、昭和四六年一月四日協議上の離婚をした。

2 右協議離婚に伴う財産分与として、昭和四五年一〇月一二日原・被告間において、原告が(一)ないし(四)の各不動産につき自己の所有権を被告に移転する旨の約定がなされた。

(三)  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1につき、(1) は否認する。

(2) のうち、調停申立の趣旨を否認し、その余は認める。被告は、慰謝料等請求の調停を申立てたものである。

(3) は、争う。

2 同2につき、(1) のうち、被告が福島県労働金庫に対する原告の債務の残元利金を支払う旨約したことは認めるが、その余を否認する。

(2) は、争う。

(3) は、認める。

(4) は、被告が原告主張の金員の支払をしないことを認め、その余は争う。

3 同3につき、(1) のうち、被告が福島県労働金庫に対する原告の債務の残元利金を支払う旨約したことは認めるが、その余を否認する。

(2) は、被告が原告主張の金員の支払をしないことを認め、その余は争う。

(四)  再々抗弁

1 (再抗弁1について)

仮りに、再抗弁1の解除条件が付されていたとしても、右解除条件は、夫婦生活の解消に伴う紛争につき、被告が原告を相手方として調停申立や訴訟提起をなす権利をぱ一方的に抑圧するもので、憲法第三二条に違反し、公序良俗にも反する条件であるから、無効である。

2 (再抗弁3について)

仮りに、再抗弁3の停止条件が付されていたとしても、原告は、本件財産分与契約当時、被告が無資力無収入であり、右停止条件の成就が困難なことを熟知しながら、まず自己の希望する協議離婚の目的を達し、その後は財産分与を拒否する意図で、被告に右停止条件を約させたものであるから、右停止条件は無効であり、そうでないとしても、本訴請求は権利の濫用であつて許されない。

二  (反訴について)

(一)  請求の原因

第三の一(二)(本訴の抗弁)記載のとおりである。

よつて、被告は、原告に対し右財産分与に基づき、(三)の不動産の所有権移転登記手続を求める。

(二)  抗弁に対する認否

第三の一(三)1、2、3(本訴再抗弁に対する認否)記載のとおりである。

(三)  再抗弁

第三の一(四)1、2(本訴の再々抗弁)記載のとおりである。

第四証拠〈省略〉

理由

一  (争いのない基礎事実)

(一)(二)(四)の各不動産につき、被告のため原告主張の所有権移転登記が経由されていること(本訴の請求原因)、原・被告間で、被告主張の協議離婚およびそれに伴う財産分与の約定があつたこと(本訴の抗弁・反訴の請求原因)は、当事者間に争いがない。

二  (解除条件の成就について)

原告は、右財産分与の約定にその主張の解除条件が付されていた旨主張し(本訴の再抗弁1、反訴の抗弁1)、証人大桶一雄および原告本人は、右主張にそう旨供述する。

しかし、右証人の供述部分は、証言全体の趣旨に照らすと、必ずしも明確なものではないし、また、本件財産分与の成立を証する念書として原・被告間で作成された甲第一号証(被告の印影が同人の印鑑によつて顕出されたことにつき争いなく、この事実と証人大桶一雄の証言および原告本人の供述によつて、真正に成立したものと認める。)には、右原告主張の解除条件が記載されていない。以上の事情および被告本人の供述に照らすならば、先の大桶証言および原告本人の供述をもつて心証を形成するまでには至らず、他に、右解除条件の付されたことを認むべき証拠はない。

よつて、原告の解除条件成就の主張については、その余の判断をするまでもなく理由がない。

三  (財産分与契約の解除について)

前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第三号証、乙第五号証、乙第七・八号証、原告本人の供述により被告作成名義の部分につき真正に成立したものと認められ、その余の部分の成立については争いのない乙第二号証、証人大桶一雄・鈴木亀蔵の各証言および原告本人の供述によれば、原告は、(一)ないし(四)の各不動産を取得するための資金として福島県労働金庫および市町村職員共済組合より各金五〇万円宛合計金一〇〇万円を借り入れていたものであるが、被告は、本件財産分与に際し、原告に対して右借入金の残元利金(当時において、福島県労働金庫に対する残元金は四九万〇四二五円、市町村職員共済組合に対する残元金は二六万六一九八円であつた。ちなみに、原告は、その後昭和四七年一月までの間に、福島県労働金庫に対し利息金五万六九九九円、元金一万八〇〇一円、市町村職員共済組合に対し利息金三万一六二四円・元金五万三〇六六円をそれぞれ弁済している。)相当額を支払う旨約していたことが認められ(被告において、右借入金のうち福島県労働金庫に対する残元利金相当額の支払を約していたことは、当事者間に争いがない。)、右認定に反する被告本人の供述は措信できず、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は、右のように被告の債務負担を伴う財産分与の契約は、その実質において負担付贈与にほかならないから、民法第五五三条・第五四一条に従い、右被告の債務不履行を理由に解除することができる旨を主張する。

しかしながら、負担付贈与は、財産法上の法律行為であり、しかも贈与である以上、負担付とはいえなお恩恵的な性格を有するものである。これに対し、財産分与契約は、身分法上の法律行為であり、夫婦財産関係の清算と離婚後の扶養を目的とし、法律によつて認められた財産分与請求権の内容を確定するものである。両者の間には、かくのごとく本質的な差異があるから、本件財産分与契約をもつて負担付贈与と同日に論ずることはできないというべきである。のみならず、民法第五四一条による契約解除の制度は、終局的に自己の給付義務を免れることによつて取引の自由を回復しようと図るものであるといえるが、このような要請は、財産分与には存しないものと考えられる。なぜならば、財産分与契約の解除を許すとしても、民法第七六八条によつて認められた財産分与の義務そのものが消滅するものではなく、財産分与をやり直すことになるだけだからである。そして、複雑な財産分与のやり直しは望ましいことではなく、前記制度の趣旨に鑑み、財産分与の効力の安定を図ることが強く要請されるといわなければならない。このように考えると、財産分与契約につき民法第五四一条による解除は許されないものと解するのが相当である(なお、財産分与の意思表示に錯誤または詐欺・強迫等の瑕疵が存する場合は、別に検討を要するものと考える。)。

よつて、原告の契約解除の主張(本訴の再抗弁2・反訴の抗弁2)は、その余の判断をするまでもなく理由がない。

四  (停止条件の未成就について)

前叙三の冒頭で認定したように、被告は、本件財産分与に際し、原告に対して、原告の福島県労働金庫および市町村職員共済組合に対する借入金の残元利金相当額を支払う旨約したものであるが、前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第三号証、証人大桶一雄の証言および原告本人の供述によれば、原・被告間において、被告が右金員の支払を完了することを停止条件として、原告が(一)ないし(四)の各不動産の所有権を被告に移転する旨の約定が成立していたものと認められ、右認定に反する被告本人の供述は、前掲各証拠に照らし措信しがたい。

もつとも、(一)(二)(四)の各不動産につき、昭和四六年四月七日被告のため所有権移転登記が経由されたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一〇号証の二・三、登記官署作成部分の成立につき争いなく、その余の部分については証人佐藤毅の証言により真正に成立したものと認める乙第一〇号証の一、証人佐藤毅の証言および原告本人の供述によると、右登記は、先に原告が司法書士宛に作成し交付しておいた委任状を使用して申請されたものであることが認められる。しかし、証人鈴木亀蔵の証言および原告本人の供述によれば、被告は、本件財産分与契約成立後に、約定の金員を原告に支払うべく、鈴木亀蔵の斡旋により野田農業協同組合から八〇万円を借り受ける予定であつたので、右融資の実現を信じた原告は、右約定の趣旨を説明のうえ、右のように委任状を司法書士に交付したところ、その後、被告の所為が原因で右融資の話がこわれたので、原告は、右司法書士に対し登記を見合せるよう申し入れたのに、同司法書士は、被告の指示によつて右委任状を使用し前記の登記手続をした((三)の不動産については、登記済証がなく、原告において不動産登記法第四四条ノ二第二項の申出をしなかつたため登記をすることができなかつた)ことが認められるから、被告において後記のごとく約定の金員を支払つていないのに、右のように原告の委任状を利用して登記を経由したからといつて、前記停止条件の認定と矛盾するものではなく、他に、前記認定を左右するほどの証拠はない。

ところで、被告が原告に右約定の金員を支払つていないことは、当事者間に争いがないから、右停止条件は、いまだ成就せず、したがつて、(一)ないし(四)の各不動産は、いぜんとして原告の所有に属するものというべきである。

五  (停止条件の無効ないし権利の濫用について)

原告が、被告主張(本訴の再々抗弁2・反訴の再抗弁2)のごとく悪しき意図で、被告の窮迫に乗じて右停止条件を約させたものと認むべき証拠はなく、原告の本訴請求をもつて権利の濫用と目すべき事情は窺えないから、この点に関する被告の主張は、採用の限りでない。

六  (結論)

以上の次第で、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤邦夫)

別紙 目録〈省略〉

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